1 研究目的、研究方法など
( 1 ) 本 研 究 の 学 術 的 背 景 、研 究 課 題 の 核 心 を な す 学 術 的「 問 い 」
芸術統合型学習とは、STEAM(Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics)教育や、art-integrated teaching/pedagogy/learningなど、芸術的表現や手法に基づく、あるいはそれらを応用した教科学習を指す。
例えば、STEAM教育は、STEM教育にArts(芸術)を組み込んだ、学習意欲や創造性の向上を目指した新たな融合教育として2007年頃から欧米などの諸国で活発に実践が行われている¹。日本においても、文理分断の改善やSociety5.0時代に求められる創造性育成等を目的として導入の検討が始まり、それに付随して芸術教育の在り方に関する議論も行われている²。
つまり、芸術統合型学習を通じて、美術教育は、図画工作・美術科の枠組みを超えて、学
習指導要領に示される学校教育の目標に貢献することが期待されている。言い換えると、芸術統合型学習を通じて、美術教育は教育課程のなかで新たな役割を担うことになる。
一方、現時点で芸術統合型学習は、国内外で多様に行われている(後述の研究課題Ⅰ参照)。ただ、教育方法や年度計画、実践などがそれぞれの学校や地域にゆだねられているため、「教育課程上、共通する特徴は何か」「どのような学習効果を期待して芸術教育を導入したのか」など、統一した観点からの比較や検討が困難な状態にある。
また、後述(2(2)参照)するように、先行研究において芸術統合型学習の理論的検討はあまり進んでいない。そのため「芸術統合型学習において、美術教育はどのような役割を果たすのか」「創造性の向上や学習意欲など児童・生徒の学力に貢献しているのか」などついて不明確であり、かつ、検証や分析のためのエビデンスも不足している。
芸術統合型学習の理論は黎明期にあり、その学術的知見の蓄積が教育関係者から強く望まれている。そこで、本研究では、芸術統合型学習に関する理論を検討しつつ、芸術統合型学習の事例を横断的に調査するとともに、統一したフォーマットによる統計的な調査・分析による児童・生徒の学力把握を行う。これらによって、芸術統合型学習
1畑山未央「STEAM教育にみる異領域間の融合原理(I)~関連文献から考察する“Arts”の位置づけ~」『日本美術教育研究集』第51号、pp.43-51、2018。正式にSTEM教育法(2015)が改正されSTEAM法が制定されたのは2017年。
2第110回中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会「Society5.0時代を見据えた芸術教育の在り方について」(2019.6)「これからの社会を生きる全ての子供たちに求められる資質・能力の育成における芸術教育の意義」。日本において芸術教育は音楽、美術、工芸、書道等を指す。国外では、さらに広く、音楽、ダンス、演劇等も含む。美術教育については、図画工作、美術科、芸術科(美術、工芸)を指し、絵画や彫塑、工芸、デザインを含む。
( 2 ) 本 研 究 の 目 的 お よ び 学 術 的 独 自 性 と 創 造 性
本研究は三つの研究課題を通して達成される。その学術的な独自性と創造性は以下である。
研究課題Ⅰ:芸術統合型学習の教育実践に関する国内外の横断的実地調査
芸術統合型学習の実践は国内外で多様に行われている。例えば、台湾北師美術館では、美術館が保有する歴史的な石膏像を学校に半永久的に貸し出し、美術、理科等を統合した教育を展開する³。滋賀県の早稲田摂陵中高では、巨大なペットボトルによる多面体オブジェ「ペットラ(ペットボトル・トラス)」を制作させ、立体的思考の育成を目指す⁴。大分県立美術館と大分大学を中心に行われている「色から始まる探究学習」では、各教科をつなぐ共通概念として色を位置づけ、色という観点から自然環境や芸術、科学、文化などの様々な学問分野を横断するカリキュラムを構築し、地域の自然や社会に関わる多様な学習を展開する⁵。国際バカロレア機構が提供する国際バカロレア教育プログラム(特に初等教育プログラム)も、教科統合的な特徴を有する。それを調査した小池は、統合的な学習に芸術教育が欠かせないことや、バカロレア教育における教科を超えたスキルの設定がカリキュラム・マネジメントの参考になることに言及する⁶。
芸術統合型学習の実践を調査する場合は、国内外に視野を広げるとともに、美術教育だけでなく他教科や美術館教育まで想定する必要がある。研究代表者らは国内外を対象とした広範囲で多様な調査実績が
研究課題Ⅱ:美術教育を視点に学力の変容を把握する児童・生徒用質問紙調査 の実施と分析
美術教育研究において学力把握の調査や研究は極端に少ない。全国的な調査としては国立教育政策研究所が実施した「特定の課題に関する調査(図画工作・美術)」(2011)及び「学習指導要領実施状況調査(図画工作・美術)」(2012・2013)のみであるが、児童・生徒のパフォーマンスを「解答類型」を用いて評価した先行的な実践として位置づけられる。また、ルーブリック等を用いた図画工作・美術に関する学習状況の調査は、2008年頃から、学術論文や教育委員会の実践報告等に散見される。ただ、量的な報告がほとんどである。学習指導要領(2020年実施)の示す学力の三要素「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」の実現状況や相関等を解明するまでには至っていない。
研究代表者らは担当者として「学習指導要領実施状況調査」等に関わるとともに、美術教育の観点からの学力研究を継続してきた⁷。現在、質問紙法による調査を通して、美術教育が「主体的に学ぼうとする情意的な側面」や「学習方略や思考調整に関するメタ認知的な側面」を活性化し、「思考や判断等の認知的な側面」に影響を及ぼすことを解明しつつある⁸。この調査の方法や知見は、本研究にも応用できる。こ
研究課題Ⅲ:芸術統合型学習を通じた、教育課程における美術教育の意義や 価値の再定義
先述のように、芸術統合型学習の理論的な基盤は確立していない。研究課題I・IIの成果と、我が国における美術教育の歴史を踏まえながら、芸術統合型学習を通じた美術教育の新たな役割を、教育課程上の意義や価値の観点から再定義する必要がある。
その際、学習指導要領に示された、いわゆるアクティブラーニングの推進や、カリキュラム・マネジメントによる教科間の連携、教育効果の向上も目指す必要がある。そこで活用できる芸術統合型学習の明確な指針を構築する必要がある。
本研究チームは、教育課程の動向を踏まえながら、美術教育だけでなく理数教育等を含む教育課程全体を視野にいれて、またアクティブラーニングの観点から、芸術統合型学習を検討できる体制にあり、独創性をも
( 3 ) 本 研 究 で 何 を ど の よ う に 、ど こ ま で 明 ら か に し よ う と す る の か
①研究課題
本研究で明らかにしようとするのは以下の三点である。
研究課題Ⅰ:研究課題I:芸術統合型学習の教育実践に関する国内外の横断的 実地調査
国内外で行われている芸術統合型学習の実践を横断的に調査(児童・生徒及び教員等関係者へのインタビュー等)する。学習方法の共通点や相違点を分析し、教育実践を類型化する。
研究課題Ⅱ:美術教育を視点に学力の変容を把握する児童・生徒用質問紙調査 の実施と分析
学力把握を目的とした児童・生徒用質問紙調査を開発し、測定尺度の妥当性、諸変数との関連性等について統計的に検証する。芸術統合型学習の導入による学力の変容や特徴を明らかにする。
研究課題Ⅲ:芸術統合型学習を通じた、教育課程における美術教育の意義や 価値の再定義
研究課題I・IIの成果や、教育課程の動向、各種文献等をもとに、芸術統合型学習の理論的基盤を構築するとともに、芸術統合型学習を通じた、教育課程における美術教育の意義や新たな役割を提示する。
7平野智紀・奥村高明「美術鑑賞における知識の役割―美術検定データの定量的分析に基づく考察」『美術教育学』第39号、pp.275-288、2018
8平成29―31年度科学研究費助成事業基盤研究(C)「美術教育における学力分析―ルーブリックを用いた―鑑賞学習の効果測定」(研究代表者:奥村高明)
②研究体制
三つの研究課題を達成するために、以下の研究組織が必要である。
③研究体制
三つの研究課題を達成するために、以下の研究組織が必要である。
※ 課題を横断する統括的な会議を年3回(Skype等でのオンライン会議を
含む)行う。
※ 別途に研究代表者及び分担者の所属学会(美術科教育学会、日本STE
AM教育学会、日本科学教育学会等)で研究成果の公表を行う。
※ 国内外の実地調査は以下の年度計画で実施する